研究の概要

ヌーナン症候群(Noonan syndrome)は、特異的顔貌・先天性心疾患・低身長・胸郭異常・停留精巣・精神遅滞などを示す常染色体優性遺伝性疾患です。本症候群は、1968年にNoonanによって初めて報告されて以来、長らく臨床症状のみに基づいて診断されてきました。2001年、本症の原因遺伝子としてSHP-2蛋白をコードするPTPN11遺伝子の異常が本症患者の約50%に見出されることが報告されました(Tartaglia, 2001)。私達は2005年、ヌーナン症候群類縁疾患であるコステロ症候群の原因が、癌原遺伝子HRASの生殖細胞系列の変異であることを世界で初めて同定しました(Aoki, Nature Genetics, 2005)。翌年、もうひとつの類縁疾患であるCFC(cardio-facio-cutaneous)症候群にKRAS、B型RAFキナーゼ(BRAF)の遺伝子変異を報告しました(Niihori, Nature Genetics, 2006)。その後、ヌーナン症候群の原因遺伝子としてSOS1、RAF1、SHOC2、NRASなどが新たに同定され、ヌーナン症候群そのものの遺伝的異質性が明らかにされつつあります。私達は、最近、以上の症候群をRas/MAPK症候群と総称することを国際的に提唱しました (Aoki, Hum Mutat. 2008)。これらの疾患群は、日本発の新しい疾患概念として注目されております。

従来ヌーナン症候群は、その合併症状によって循環器科、心臓血管外科、内分泌科、泌尿器科、神経科などで臓器毎に診療が行われてきており、わが国における患者数・予後・合併症・治療 (成長ホルモンを含む)などの包括的な実態はいまだ不明です。 本研究の目的は、1)わが国におけるヌーナン症候群の臨床診断と分子診断を集積し、診断基準の作成と疾患概念の再編成を行う、2)診療科を超えて患者数や合併症の実態を把握する、3)実態調査に基づいて、ヌーナン症候群の診療ガイドラインを作成する、4)まだ完全に解明されていないヌーナン症候群の新規原因遺伝子を探索することにあります。

Noonan症候群、Costello症候群、CFC症候群の原因遺伝子と臨床像

  Noonan症候群 Costello症候群 CFC症候群
原因遺伝子 PTPN11 (40%)
KRAS (5%>)
RAF-1 ( 4~17%)
SOS1 (8~14%)
SHOC2 (~5%),
NRAS (0.5%)
HRAS
(80%<)
KRAS (5%>)
BRAF (50%)
MEK1/2 (15%)
顔貌・毛髪 眼間開離、眼瞼下垂 眼間解離、ふっくらとした頬、
厚い口唇、 カールした毛髪
薄い眉毛/低形成、
側頭部狭小、
カールして脆弱な毛髪
骨格/手足/皮膚 翼状頸、外反肘、胸郭異常 関節の可動性亢進、皮膚弛緩症、手掌・足底の深いしわ、アキレス腱拘縮、角化症 湿疹、角化、魚鱗癬、皮膚弛緩症、手掌・足底の深いしわ
心 臓 肺動脈狭窄、心房中隔欠損症 肥大型心筋症、
不整脈
肺動脈狭窄、心房中隔欠損症、肥大型心筋症
精神遅滞
神経学的特徴
軽い~なし 軽度から中等度
乳児期に哺乳障害・過敏性を示すがその後社交的な性格に
中等度から重度
新生物 JMML、神経芽細胞腫、横紋筋肉腫など 乳頭腫、神経芽細胞腫、横紋筋肉腫、膀胱癌 まれ(急性リンパ性白血病)
その他 凝固異常